松井智司の「美」 その3 藤娘

預け先の母の実家は丸帯専業の機屋だった。こちらも他に先駆けて力織機、それもジャカード織機を入れ、当時の最先端の技術で美しい帯を織っていた。

※ジャカード織機:コンピューター制御織機の先駆けともいえる自動織機。穴の空いた厚紙(紋紙、という)で引き上げる経糸を制御し、紋紙に記録されたパターン通りに織り柄を作った。

だから、こちらも飛び抜けて豊かだった。おじいちゃん、おばあちゃんにおばさんが2人、おじさんが一人の家庭で、子守を兼ねたお手伝いさんが一人同居していた。智司社長の母・タケさんははこの家の長女である。

みなオシャレだった。仕事柄もあるのだろうが、智司社長の記憶には、いつもとびきり美しい和服を着こなして動き回っていた祖母や叔母たちの姿が焼き付いている。

こういうのを猫可愛がりというのだろう。祖母や叔母は、買い物、機屋仲間との打ち合わせなど、どこに行くのにも智司君を伴った。外出となると、2人は家にいるときよりもさらに美しい着物を身につける。

「本当に美しくてね。中でも、しばらくして高崎の呉服問屋に嫁いだ上のおばさんはオシャレで、一緒に歩きながらうっとりと見つめてしまっていました」

祖母は芝居が好きで、いまの松井ニット技研からそれほど離れていないところにあった「桐座」がお気に入りだった。智司君を預かってからは、芝居見物のお供は決まって智司君だった。