松井智司の「美」 その6 若鷹の爪

絵が嫌いな智司少年が好きだったのは音楽である。歌うのが得意で、

「はい、先生に指名されて教室の前に出て歌うのは、いつも私でした。それに、自分の耳で聞いて、私よりいい声だなあ、と思ったのは同学年に1人しかいませんでした」

それほどだから、歌の才能はあった。そして、才能の持ち主は褒められることでさらに才能を磨こうとする。

2年生に進級した智司少年は、学校の合唱団に入ったのである。そして放課後の練習には欠かさず参加した。

勉強は大嫌いで、だからしなかった。当然、成績は

「中の中ぐらい」

を続け、そのまま桐生市立東中学に進んだ。相変わらず、合唱クラブで喉を鍛えた。
そんな智司少年に、ほんの少しだけ変化が生まれる。

「何故か、美術の授業が好きになりまして」

いや、爪が生え始めたのではない。好きになったのは美術史である。教科書で見た「アルタミラの洞窟壁画」に、何故か強く惹かれたのだ。

「この躍動感を2万年前の人が描いたと知って,大きなショックを受けたんです」

次にギリシア建築に惹かれた。エンタシスの柱の優美さである。エジプトの絵画に惹きつけられた。ギリシャ彫刻の造形力、力強さに心を奪われた。
美術が好きだった父が集めた画集や美術雑誌を開き始めたのはこの頃のことだ。

そして、ノートを作り始めた。雑誌や新聞から、これぞと思った記事、写真を切り抜き、ファイルする。空いた場所に、授業で習ったことや思い浮かんだ文章を書き加えた。そのノートはいまでも大事にとってある。

「それまで、織物をはじめ日本の美にはゲップが出るほど触れていましたが、西洋の美は全く知らなかったんです。きっとそれでショックを受けたんですね」

だが、相変わらず絵を描くのは苦手だった。美術史との付き合いはあくまで片手間で、智司少年の情熱は相変わらず合唱に注ぎ込まれていた。

写真:小学校の修学旅行。後列右から6人目が松井智司社長。