松井智司の「美」 その8 糸杉

ラジオドラマ「君の名は」が

「放送時間になると銭湯がガラガラになった」

といわれるほど大ヒットしたのはその頃のことだ。間もなく映画にもなり、「真知子巻き」と呼ばれる巻き方をしたマフラーが大ブームになった。マフラー専業となった松井工場は戦前の活気を取り戻した。

このころ智司少年は、大きな美術展が東京で開かれるたびに足を運ぶようになる。ミロのビーナスが来たと知っては出かけ、ゴッホ展と聞くと顔を出す。モナリサがやってきたルーブル展も見た。ちょっとした美術愛好家になったのである。

アルタミラの洞窟壁画の躍動感にショックを受けたのは中学生の時だった。以来、美術ノートは詳細にとった。しかし、美術展に行くことはなかった。

「中学以来、雑誌や美術全集で西洋の絵画を見るようにはなっていました。和の美しか知らなかった私が、美術の授業で西洋には全く違った美があることを知ったのは一種のカルチャーショックだったんですね。それが時間とともに私の中で発酵し始め、本物の西洋の美を見てみたいと思うようなったということでしょうか」

ある時は友人を誘って、ある時は一人で、東京に行った。

混み合う美術館で、まるでところてんのように押し出されながら見ただけだが、今になっても忘れられない1枚の絵がある。ゴッホの「糸杉」(冒頭の写真)である。

「燃え上がるような糸杉が空と山を背景にすっくと立っている。その絵の具の盛り上がり具合、選ばれた色、その重ね方など、いまでも鮮明に思い出せます」

和の美で育ってきた智司少年は、西洋の美を代表するゴッホの秀作を見ながら、

「たくさん見てきた丸帯にも、こんな色使いはあったな」

と、違和感より親しみを覚えた。そして何より、美しいと思った。持って生まれた才覚が、また新たな肥料を得て一回り大きく育った瞬間だった。