「しかし」
と智司社長は当時を思い出す。
「みなさん、そうそうたるデザイナーさんたちとはいえ、ラッセル編み機のことはご存じありません。ニットにはどんな編み方があるのか、こういう編み目、風合いを出すにはどうやって編めばいいのか、どんな糸を選べば求めている肌触りが出るのか。そんなことを一つ一つご説明しました。ええ、世界的に注目を集めるようになっていらっしゃったデザイナーさんでもセーターなどに使う緯編(よこあみ)と、下着やカーテンが主な用途の経編(たてあみ)の違いをご存じなかったですねえ」
次々に訪ねてくるデザイナーたちに説明しながら、智司社長は一つのことを思い定めていた。
「せっかく作るのだから、この人たちがが頭に思い描いているもの以上のものを作ろう。いい意味で期待を裏切ってやろう」
工場には、慣れ親しんでその癖まで頭にたたき込んであるラッセル編み機が並んでいる。この愛機を活かして期待を裏切ってやろう。工場のベテラン職人さんたちと相談しながら、最高のニットを編むように心血を注いだ。
そんな積極的な姿勢が評価されたのか、みんな重宝がってくれた。やがて、新しいデザインの素材としての編み物を求めてくるだけでなく、新しいデザインを産み出す上での相談相手を智司社長に見いだしているかのような付き合いにまでなった。
ページ: 1 2