松井智司の「美」 その16 ヨーガン・レール

智司社長によると、初対面らしい雑談は一切なかった。流ちょうではないが日本語も出来、その口からは質問しか出てこなかった。

「ええ、ホントに仕事の話しかないんです」

頭のいい人だった。ラッセル機の機構もすぐに理解してしまう。小1時間続いた質疑は徐々にパイルに絞られた。

※パイル:生地から出ている繊維。タオルを思い浮かべていただくと分かりやすい。パイルを輪っかのままにしたループパイルと、それをカットしたカットパイルがある。

当時、織物のパイルはいくらでもあったが、編み物のパイルは少なかった。松井ニット技研はOEMでずいぶん作っていて、編み見本にも入れていた。それに関心を持ったらしい。

レールさんの口から、驚くような一言が出た。

「これを多色でやりたい。できますか?」

編むパイル地は先染めの糸を使う。無地で良ければ生地になる糸とパイルになる糸の2本があればよく、編み工程はそれほど難しくはない。そんな機構だから、生地とパイルの色を違える程度ならすぐに出来る。しかし多色となると、パイルになる糸は数種類になる。それぞれの糸を巻くボビンの数が増え、工程は複雑さが幾何級数的に増える。そんな難しいことをやりたいと?

「先ほどのラッセル機の説明を聞いていて、あなたはそれが出来ると思った。多色で市松模様の生地が欲しい」

生地はベージュ、そこから生えるパイルは確か5、6色。

「いやあ、苦労しました。何しろ、そんなものはまだ世の中にない。私もやったことがない。しかし、私も職人です。出来るでしょ、といわれて、出来ません、とは言えませんからね」

その生地を使ったヨーガンレールは、売れに売れた。1シーズンだけでブームは終わらず、3シーズンも売れ続ける大ヒットになった。

「それを見て、他の編み屋さんも多色のパイル地を作るようになりました。編み物業界を変えたんです」

多色を編む。今のカラフルなマフラーに向けた松井ニットの第1歩はここで踏み出された。

写真:ヨーガン・レールさんの依頼で編んだストール。