松井智司の「美」 その27 UNTHINK

2回目の例会に招いたのが、「ニットの神様」ともいわれた桑田路子さんである。森山亮さんが

「是非話を聞いた方がいい」

と紹介してくれた。

ニット、つまり編み物は智司社長の世界である。講演を二つ返事で引き受けてもらったあとは、ワクワクしながら例会を待った。

約1時間の講演はとても参考になった。中でも次の一言が頭にこびりついて忘れられなくなった。

「これからの時代、『多い』をキーワードに考えていくと面白くなるだろうと思っています」

なぜか、その言葉がストンと胸に落ちたのだ。

そういえば、私は「多い」に囲まれてこれまで生きてきた。子どもの頃大好きだった和服は様々な色の集まりだし、どんな色を使うかは画家の生命線の一つだ。高校生で惹きつけられた印象派の絵画も多彩な色彩が使われていたし、いまだに脳裏にこびりついているワシリー・カンディンスキーは色彩の魔術師ではないか。そして、ヨーガン・レールさんの求めに応じて、ラッセル機で多色の生地を編んだこともある……。
智司社長は新しい事業構想を考え始めた。

「多い、をキーワードにすると、多色、多重、多様、他面などいろんな言葉が生まれます。松井ニットのマフラーは、多色はもちろんですが、リブ編みで編むと組織が二重になっているので多重になり、男性にも女性にも使っていただけるジェンダーフリーという多様性もあります。リブ織りの畝は立体構造ですから多面ということにもなるんです」

智司社長は

「私は、何だか50代ですべてが始まったような気がしてるんですね」

という。半世紀にわたる様々な蓄積が混ぜ合わされ、やっと智司社長の中で熟成し始めたのがこの頃なのだ。

それから数年後、松井ニット技研はニューヨークのA近代美術館に見いだされた。間もなく独自ブランド「KNITTING INN」が生まれ、多くのファンの心を掴んでいるのはご存じの通りである。

写真:前列右端が故黒沢岩雄さん(黒沢レースにお借りしました)。