松井智司の「美」 その28 クリムト

智司社長が新しいデザインに取り組むのは、毎年3月から6月のことである。この間、冬物商品であるマフラーの生産はほぼ止まる。この暇な時期を使って次のシーズンに向けた色の組み合わせを考えるのが長年の習いだ。

さて、どんなマフラーを作ろうか。新しい糸が市場に出たときは、その糸を中心に考える。新しい糸は手触りが違う。色も従来の糸に比べれば微妙にずれている。この糸の風合い、色を最大限に活かすにはどんな組み合わせがいいか。

そうでない年に参考にするのは、「UNTHINK」で勉強会に招く講師の話だ。講師は、毎年の流行色を選ぶインターカラー(国際流行色委員会)に出席して日本での色のトレンドを報告する専門家である。だから勉強会で聞く話は大変参考になる。
これからの流行色を決めるというのも不思議な話だが、インターカラーは年に2回話し合いを持ち、何と2年後の流行色を決めるのであ。それを受けて各メーカーは生産に入るため、ちょうど2年後のシーズンに「流行色」を使った商品が店頭に並ぶ。

2019年5月、智司社長はその年の秋に売り出す新しいマフラーのデザイン作業に入った。

  ——今年のテーマは何ですか?

「クリムトにしました。はい、4月から東京美術館でクリムト展をやってるでしょう。私、昔からクリムトが好きで、10年ほど前ウイーンのベルヴェデーレ宮殿まで絵を見に行ったこともあるんです。今年はせっかく日本で展覧会をやっているのだからクリムトをテーマにしようと、ゴールデンウイーク中に3度、展覧会を見に行って来ました」

智司社長のデザイン工房は、玄関を入って事務所の左にある6畳間である。客を迎える、あの応接間だ。座卓には数十本の同色の糸が20㎝ほどの長さにまとめられた束が10数種類置かれていた。これを並べて色を組み合わせるらしい。そばに金属製の櫛があり、智司社長は何度も糸の束に櫛を入れて糸を整えている。